自分のあるべき場処
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ふっと吐いた息で白くなった窓。それを指先でそっと拭ってみた。
窓の外には、行きかう人々。
ターミナルの駅であるもあるこの駅は、人が多くて眩暈がしそうだ。
学園は冬休みに入っていた。
夏休みもろくろく家には戻らなかった所為か、お正月ぐらいは戻ってこいと
実家から連絡があったのは3日前だ。ご丁寧に電車の指定券まで届いたのでは、帰らないわけには行かない。
発車時間までにはまだ間があるせいか、車内はまだ人でも疎らでそこかしこに空席が目立っている。
啓太は、軽く息を吐くとあたりを見回した。
啓太は、ここに居ないその人のことを思うとまた小さなため息を吐いた。
「逢いたいな」
微かに零れたその言葉も雑踏の音に紛れて誰の耳にも届くわけもない。
またあたりを見回すと啓太は苦笑いをこぼした。
この言葉を届けたい人を思い浮かべて。
***
「冬休みの予定は、やっぱり受験勉強とかなんですか?」
冷たい目をしたその人は、ちらりと啓太の方を見るとその薄い唇の端をシニカルに歪めた。
学生会室の窓から見える風景は、すっかり秋を濃くして空は冬の色。
重く垂れた鈍色の雲からは、ともすればはらりと白い結晶が舞い降りてきそうだ。
好き。
その思いは、一緒に過ごすうちにどんどん溢れていく。
離れたくない。
ともすれば、口に出しそうになるその言葉をぐっと飲み込むと啓太は、中嶋を見つめた。
「それをお前に言ってどうなる?」
感情を出さない大好きな人のその言葉が啓太の心に突き刺さった。
中嶋は、3年。啓太は、1年。
卒業という名の別れが直ぐ傍まで近づいている。
閉鎖された学園という場であればこそ、自分は傍に居ることが出来る。
この閉じた世界から外に出れば、自分のような平凡な人間の手になど届かないところへ行ってしまうに違いない。
少なくとも啓太自身はそう思っていた。
「聞いちゃいけないんですか・・・?」
口に出た言葉に、ふっと中嶋が笑ったような気がした。
「可愛げのないやつだ」
「可愛げが無くて悪かったですね!だって、俺は貴方の・・・」
そこまで言うと後が続かない。
面と向かって好きだといわれたことなど一度も無い。
ただ、自分を抱いてその熱情で翻弄するだけの人。
自分は彼の恋人だと思っていても、中嶋がそう思っているとは確証は持てないでいる。
ぐっと言葉を飲み込むと唇を噛みしめた。
「俺のなんだ?」
「それは・・・」
言葉にするとそれは無かったことになってしまいそうで恐い。
お前のことなどなんとも思ってはいないと言われそうで恐くて先を紡げない。
「はっきりと言え」
なかなか口を開かない啓太に、イライラとしているのが声でわかる。
『俺は貴方の恋人ですよね?』
そう告げれば済むだけなのに。
自分が思うだけと同じくらい相手も自分を思ってくれればいいのに。
啓太は中嶋の視線から逃れようと彼の指先に目を遣った。
綺麗な指だな。中嶋さんらしいや。
この指先に触れられた感触を思い出して、ジワリと熱が溜まるような気がした。
「言いたくないのなら言わなくてもいい。どうせ冬は、ここには残らないからな」
くっと口角を上げて中嶋はそう告げた。
***
「はぁ・・・」
今日何度目の溜息なのか。啓太は曇る車窓を指先でもう一度キュッキュッと擦った。
窓の外の人々は、みんな自分よりも幸せそうだ・・・そんなことを思うと涙が零れそうになる。
乱暴に目元を擦ると、何気に手元の切符を見た。昨夜の電話ではしゃいでいた妹の声が思い出される。
自分を待ってくれる人が居る場所がある。
自分のあるべき場所に帰ろう。
あの人に出会う前の自分を取り戻す為にも。それが一番良い。
手にした切符にぽたりと染みが出来た。手でごしごしとそれをふき取ると唇をぎゅっと噛みしめた。
不安定な自分の気持ちに整理つけなくちゃ。
切符に記された行き先の文字をきっと睨んで啓太はうんと軽く頷いた。
コンコン
俯いていた啓太の耳元で小さな音が聴こえた。なんだろうと顔を上げると
それは、窓の外。
そこにあるのは、逢いたくて逢いたくて、ただ逢いたいその人。
『啓太』
その人の口元が自分の名を形作ったような気がした。聞こえるはずのない声音が耳元に響く。
『行くな』
その美しい暗蒼の瞳が自分を見つめていた。
黒いコートを着たその人は、誕生日に自分が送ったマフラーをしていた。
中嶋に贈るために、和希に教えてもらって編んだそのマフラーを見ただけで啓太は涙が溢れてくる。
『好きだ』
そして、その唇から、願って止まない言葉が届いた。そっと触れたその手が優しく重なる。
そして、
どちらからともなくガラス越しに互いの口唇が触れた。
冷たいはずのそのキスは、今まで貰ったどんなキスよりも温かだった。
fin
2008年中嶋BD
おめでとうございます!中嶋さん!
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