渇仰


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「伊藤!」
男はそういうと不遜な笑みを浮かべて啓太をじっと見つめた。
「なんですか?中嶋さん」

ここはBL学園学生会室。いつもなら、恋人の七条がいる会計部を手伝うことが多い啓太だが
今日は、仕事が溜まりに溜まっている学生会の手伝いへと借り出されていた。
副会長の中嶋とはことあるごとに衝突をしている恋人はここに啓太が行くことを由とはしないのだが、
今日は所用で島外に出ていてここにはいない。
おかげで啓太は寮へ戻るところを半ば強制的に連れてこられて伝票の整理をさせられていた。


「お前、会計の犬と付き合ってるそうだな」
休憩だからと、コーヒーを入れてデスクに置いた啓太に、キーボードを打つ手を止めて中嶋が話しかけてきた。
「えっ?」
一瞬、答えあぐねた啓太が思わず戸惑いの声を上げた。
その瞳に微かに怯えの色を見て中嶋は、くっと喉を鳴らした。
「犬は満足させてくれるか?」
複雑な笑みを浮かべると啓太の手首を掴んで、自分の方に引き寄せた。

「な・・なに?」
いきなりの行為に驚いた啓太は、手を振りほどこうとして暴れたが頑として身動きが取れない。
「なんですか!放してください」
相手は身長は180をゆうに越す体躯。空手をやっていたと言う話を聞く。あの王様を互角にケンカが出来るほどの実力だ。
啓太は、同年代の生徒たちよりも身長でこそが遜色がないが、華奢な啓太が敵うわけがない。

「七条と付き合ってるってことはやったことあるんだろ?」
啓太を自分の胸元に引き寄せて、抱きしめる形になった中嶋は啓太の耳元に口を寄せて低い声で囁いた。

「男と・・・、やったことあるんだろ?」
そして、顔を覗き込んでニヤリとその端麗な顔を猥雑に歪めた。
「いやーーいっやだ・・・」
何かを察して、逃れようとする啓太に馬乗りになって手を押さえ込む。そして、襟元に手をやるとしゅるりとネクタイをはずした。
外したネクタイをちらりとみて男は片眉を上げて微かに笑った。

「暴れるなよ。傷つくからな」
酷いことしているのに、ちらりと優しさを覗かせた言葉を投げる。
手首を縛める力もどことなく啓太を傷つけないように気を使っているようにも見えた。
そして、ネクタイで両の手首を一まとめにして括ると抵抗できないように縛めてしまった。。
圧倒的なその力に啓太は身動きが取れずに身を捩るだけだった。

「や・・やめろ!」
啓太の華奢な体を悠々と抱き上げると、横にあったソファに、どさっと乱暴に寝かせた。
そして、中嶋は、啓太を抱え込むように押さえつけると、またにやりと笑った。

両の手を胸元に掛けると左右の一気に引き裂く。シャツのボタンが、無機質な音を立てて床をころりと転がっていった。
その音を聞きながら、これから行われるであろうことに啓太は恐怖して、目を見開いた。

「い・・いや・・だぁ」
「綺麗な肌だな・・・」
そう呟いて男はその掌で胸元を撫でていく。白い滑らかな肌をその長い綺麗な指先がそろりと確かめるように撫でていく。
そして、胸を飾る淡い飾りを掠めるように触れた。
「あっ・・・」
啓太の口から、咄嗟に声が漏れた。その声に目を眇めるとクックッと笑う。
「感じやすい体だな」
そう呟くと指先で乳首を押しつぶすように捏ねた。
「や・・やめ、触らないで」
しかし、そんな啓太の声も聞こえないふりをして指の腹で押しつぶすように撫でる。
執拗に、快感を引き出すような愛撫に啓太は思わず唇を噛んだ。

(な・・なんで・・・)
心の中で声が上がる。
(七条さんじゃないのに・・・。おれ・・感じてる?)

啓太のその戸惑いに気がついたのか、男は妖艶な笑みを浮かべると、今度はその飾りを指で捏ねるように摘んだ。

刹那、体の中を、電流がとおるような快感が走る。
啓太の体がびくりと跳ねた。
「あっ・・あ・・」

「感じてるんだろ?声をだせ」
啓太のその反応に男は満足そうな声でそう囁く。

「い・・いやだぁ・・・」
啓太は絞りだすようにそういうと動けない体を撓らせて逃れようとした。瞳を涙の雫で満たした啓太が尋ねた。
「なんでこんなこと」
「何故かか?」
くっっと笑うと、中嶋は
「やりたいからだ」それだけ答えてまた愛撫を繰り返す。
歯を食いしばった啓太の口からは、それでも隠し切れない声が漏れた。
「うっ・・あああ」

「なかなか感度がいいな。七条には勿体無いくらいだ。さぁ、どこまで我慢できるかな?」
男は覆いかぶさるように啓太の胸元に口を寄せてその固く立ち上がっている乳首に口を寄せた。
何度も舌先で弄るように舐める。そして、唇で挟んできりっと痛みが走るほど吸いあげる。
啓太は与えられる快楽に、声を立てまいと唇を噛んだ。
声を立てるのは、感じるのは、七条へ対する裏切りのような気がした。思いっきり噛みしめた唇からは、鉄の味がした。
中嶋はそれに気がつくと一瞬眉を顰めて、苦しそうな表情を覗かせる。
そして、啓太の唇をいたわるようにぺろりと舐めて、にじんだ血を拭うと息が出来ないほどのくちづけを落とした。

「噛むな。傷がつく」
一端、唇を外してそう囁く。そして、再び唇を合わせると舌先で無理やり口をこじ開けて
その歯列をぞろりと撫でるように何度も擦った。
「うんぐっ。。。うっ・・・」
息が出来ない啓太が微かに口を開く。そこをすかさずに舌先を咥内に忍び込ませて口蓋をその先で擦るように蹂躙する。
そのこそばゆいような気持ちいいような妙な感覚に啓太は思わず声を上げてしまった。
すると男は、意地悪そうな笑みを浮かべて、絡んだ舌先を想いっきり吸い上げた。
深いくちづけが何度も何度も与えられて啓太は意識が上手く保てなくなっていく。
くちづけの間も男の手は乳首を捏ねて引掻き引っぱってはまた揉むと愛撫を繰り返す。
最初は我慢していた声も我慢しきれなくなる。互いの唾液が口元から流れて啓太の胸元を濡らしていった。

「しかし、よほどお前にご執心らしいな」
朦朧としている啓太を抱きしめて、中嶋はそう呟くと
その胸元に付けられた七条の所有の痕を指先で辿った
さすがに服の上から見える場所にはないがその下には、古いものや新しいものを取り混ぜて
幾つの赤い痕が散らばってそこの存在を主張している。
「まるでマーキングだな。くっ・・犬は犬ってことか」
そう呟くと、中嶋はその一つ一つに口を寄せて上書きするように痕をつけていった。

白い肌が唇で吸い寄せられるたびに、ちりっと微か痛みが走る。しかし、それもただ甘い感覚となって啓太の心を狂わせていく。
唇が、胸から腹・脇・そして腰骨へ降りていくと、その先を予感して、啓太は一層に暴れて実を捩じらせて逃れようとした。
しかし、中嶋はそれをせせら笑うように押さえ込むとバックルに手を掛けて器用に外すとズボンごと下着も引き抜いてしまった。

「やめてください」
「いやだな」
すでに緩く持ち上がっている啓太の中心に手を掛けるとそろりと撫でた。
「口で嫌だといってる割には、こっちの方は嫌がってないようだな」
そう呟くとくっくっと笑う。そんな中嶋からのがれようと啓太は一層に力をこめて体を捩った。

「無駄だことだな」
すでに立ち上がっているそれに手を掛けて何度か上下に扱くと
啓太の口からは嗚咽とも悲鳴とも取れるような喘ぎ声が洩れた。
「いやっあああ・・やめ・・・うっ・・ああ」
感じたくない・・という意識に反して体は快感を求める。何度も繰り返される愛撫に、本当とはいえ自然と腰が揺れる。
ただでさえ、七条に馴らされて感じやすくなっている体が中嶋の愛撫に逆らえるはずがなかった。

「あっ・・・や・・」
すっかり立ち上がり、快楽の蜜を零してるその先端を中嶋は、舌先でちろりと舐めとると
にやりと笑う。そして、それを咥内へ飲み込んでしまった。
じゅぶっ・・じゅぶっ・と淫靡な水音が響く。舌先を絡め、そして軽く歯を立てて甘噛みるように刺激する。
指先で上下させては何度も何度も扱く。
陥落寸前の啓太の意識はただ、快感だけを追い始めて、あられもない言葉をくちにして喘ぎ始めていた。

「あっ、だめ・・い・・・いちゃ・・う」
「くっ・・く。いけよ・・」

「やだ・・だめ・・いや・・・」
「いけ・・」
「あああっ・・・」
一層の激しい行為に啓太は、耐え切れずにその欲望を放つ。
中嶋は、啓太の体をそろりと撫でると一度達した体はビクンと反応して力が抜けたようにくたりとした。
吐精の後の脱力感で意識を半ば飛ばしてる啓太の足を掴むとその奥の窄みに吐き出したばかりの
啓太の蜜を塗りつけ指でなぞる。その感覚に手放していた意識が浮上すると啓太は、声を上げた。
「や・・そこはやだ・・・」

今までされた行為も赦しがたいことだが、そこから先は本当に愛しい人にしか赦したくはない行為。
冷たい指の感触に、何かがはじけたように啓太は拒み体を撓らせて抵抗した。
「放して!!そこはいやだーーーやめ・・やめてーー」
しかし、力で叶うわけもなくあっさりと押さえつけられて動きを封じられてしまった。
括りつけられてた両手首はいくら柔らかい布で縛められているとはいえ、赤く擦れ傷つき血がにじんでいる。
胸元まで折り曲げられた両膝を何とか動かそうと体を捩っても押さえつけられてびくともしない。
その間も、最奥を指先が犯し一番感じる部分を擦りなぶりものにしていく。感じたくないのに感じてしまう。
まるで心まで絡め取られていくようなそんな錯覚。
一本だった指が2本3本と増やされて、何度も内襞をかき回すように動く。くちゅくちゅとい淫猥な音を立て
指を出し入れされると啓太はもう何も考えられなくなる。

「あっ・・いいい・・・」
「気持ちいいか」
コクリ、コクリとその首が振れる。
にやりと暗い笑みを浮かべると、中嶋は怒張して己の欲を後孔に当てた。
ぬるりとしたその感触に啓太は一瞬正気に戻る。
「あ・・いやだーーーーーやだーーー」
「くっ、もう遅い。諦めろ」そう囁くと、何度かその窄みの感触を確かめて一気に貫いた。
「ああああ・・やあーーーーーー」
大きく眼も見開いた啓太が叫んだ。内を犯すその滾る熱に圧倒される。
指とは比べ物にならないその質量に体がいっぱいになる。
ずるりとその熱が入り口近くまで引く抜かれる感覚に啓太の体は、ぞくっと反応した。
「うっ・・・くっ」
そしてまた、最奥まで一気に貫く。
「あああやぁーーー」
両足を肩に乗せるとその体を二つ折りにしたような態勢。苦しいのに快感の方が強く口から出る。
ただ悦楽を表す声のみで。
何度も何度も激しく揺さぶられて、ぐじゅぐじゅといういう淫靡な音が啓太の官能を煽っていった。

「どうして欲しい?もっと、激しくか?」
激しい抽挿を緩慢な動きに変え、腰を深く押し付けてかき混ぜるように動く。
「はぁ・・あああ・・・・・。おね・・が・・い」
「何がだ?」くっくっと冷酷な笑みを浮かべて中嶋は囁く。
「はぁ・・あああ・動いて・・・」
「動いてるじゃないか」
そう言って腰を緩く動かして浅い抽挿を繰り返す。
「いやぁ・・・もっと・・・」
「もっと・・なんだ」
まだ欠片残った理性がその先を口にするのを躊躇わせる。
「いや・・いえない・・・」
「言えない・・か。どこまで我慢できる?啓太。こんなに感じやすい体で」
傲慢な笑みを浮かべるとまるで嬲りものするように抽挿を繰り返す。

「あぅ・・ああ・・い・・・いいっちゃう・・・」
その激しい動きに啓太の理性の欠片が壊されていく。
「だめだ、いかせられないな」
クツリと笑うと固く屹立する啓太の中心を射精できないようにぐっと握りこんだ。
「あっ・・痛い・・はなして・・・。それやだ・・」
喘ぎ声に泣き声が混じり、その瞳にはまた涙が溢れていく。それを唇で優しく掬い取ると
「どうして欲しい??」優しく甘い声で耳元に囁いた。
涙に濡れた啓太の瞳が艶かしく開くと中嶋の顔をぼんやりと見つめた。そして、
「お願い・・いかせ・・て」

「いい子だ」
誰も見たことがないような甘やかな笑みを浮かべて中嶋は啓太を抱き寄せると手の戒めを解放した。
そしてその体を抱き上げると向かい合う形になった。
自分の重みで中嶋の欲は啓太の奥の奥まで貫かれることになる。
「ひゃぁあ・・・あ」
激しく揺さぶられ、突き上げられて犯される。
啓太の意識はとっくにどこかへ飛んでしまいただ嬌声を上げてがくがくと揺れる人形のようだった。
「あっあっ・・・」
「啓太・・・」
激しい抽挿とは裏腹の優しいキスが落とされる。何度も何度も。

「あああ・・・い・いく・・」
啓太がその白濁を放つと同時に中嶋も熱い熱情を啓太の内に放った。

くたりと意識を手放した啓太は、中嶋の腕の中。それを優しく抱き寄せると
汗のにじんだ額にそっと唇を寄せた。
それは、無理やり奪う男のすることとすれば不自然で、中嶋も啓太を欲する一人だということがわかる。
しかし、とうに意識がない啓太がそれに気がつくはずも無かった。

「好きだ」
小さく呟いて、そっとその華奢な体を抱きかかえるとそっとソファの上に横たわらせる。
涙に濡れたまぶたに慈しむように優しく温もりを落とす。

いつも目で追っていた。明るい色の跳ねた髪。笑うとくるくると愛らしい瞳。
愛しいと思った。自分らしくないと自嘲もした。だが本当に欲しいと思った。
この手で優しく抱きしめたいと。しかし、手に入れたいと思ったときには、すでに横にはあの男がいた。

同属嫌悪・・・それだけでは片付けられない何かが二人の間にあるとすれば、この愛し子だろう。
あいつの横で向日葵のような笑顔の啓太を見て、己の欲を封じ込めることが出来なくなってしまった。
どうしてこいつがいるのは自分の横ではないのだろうか・・と。
こんなにも狂おしいまでに欲しているというのに。
そう思うと、いてもたてってもいられなくなった。欲しければ奪えばいい。
あいつの傍で笑っているよりも、俺の傍で泣いていればいい。
抱きしめたかった。傍にいてくれるだけでもきっと心が満たされる。


もう一度、啓太の唇に口寄せた。まだ、手放した意識が戻る様子はない。
噛みしめた所為だろう、赤く切れて傷ついた唇。
「噛むなと言ったのに。綺麗な口唇の形が悪くなる」
そう呟いてそっとその唇を舐める。自分が戒めていた手首は、赤く傷ついて熱を持ったように腫れている。
それもそっと手に取ると舌で癒すように何度何度も舐めた。
額に張り付く髪を優しく撫でて整えてやる。泣き腫らした目が赤くなって痛々しいかった。
微かに赤い引っかき傷がついているのが生々しかった。

目を覚ませばどんな顔をするのだろう。きっと、こうして無理やり傷つけた自分を赦さないだろう。
でも、後悔はない。
啓太の心に自分というものを、中嶋英明という名を、おそらく一生刻み込むことになる。

「愛してるよ。啓太」
中嶋はそう囁いてもう一度唇に温もりを落とした。






バン!!!

「Don't touch him !」
その時、いきなりドアが開いたかと思うと黒い影が部屋に飛び込んできた。

「犬か」
中嶋は、唇を歪めて、その黒い影をねめつけた。
そこには青褪めて凍りつくような顔の七条が立っていた。
「貴方って人は」

七条は、電話に出ない啓太に妙な胸騒ぎを感じて外出先を用事をキャンセルして戻ってきたのは30分前。。
戻るなり、啓太を探したがどこにも見当たらない。もしかしてと嫌な予感を感じながら、この部屋へとやってきたところだった。

七条は、ソファに寝かされている啓太に目を留めるとすばやく近寄り、その体を中嶋の目から隠すように抱きしめた。
腕の中の啓太は、ぐったりとして意識がない。抵抗した時に出来た傷があちこちについて痛々しい。
噛みしめた唇は時間が経つとともに紫に晴れ上がり、手首の傷も赤く蚯蚓腫れになっている。
一糸纏わぬ姿のその体は、中嶋の所有の徴がまるで薔薇の花びらを散らせたかのように散らばり
放たれた体液でその体は濡れていた。

自分を押しのけて啓太を抱き寄せる七条を中嶋はぎりッと睨みつけるとその手を啓太の方に伸ばす。
それをぱしりと叩き落して七条は睨みつけた。

「触るな!! !」
そう叫ぶと自分にジャケットを脱いで啓太に着せ掛けた。
「啓太・・・」優しく抱きしめる。こんな姿、誰にも見せたくはなかった。
天使のように笑う啓太、穢れを知らない愛し子。それを汚した中嶋を赦すことができない。

「どうして、こんなことを」
殺意さえ感じられるような目で七条は中嶋を睨みつけていた。
初めて人を殺したいほど憎いと思った。そして、うかつにも啓太の傍を離れた自分を後悔した。

中嶋が啓太を望んでいるのは良くわかっていた。
似たもの同士の感とでもいうのか、同じものを望んでいると本能が教えてくれていた。
冷ややかな言葉の裏に時折見える細やかな愛情の欠片。その態度のはしばしに見え隠れする優しさの残像。
それらの全てが啓太を愛しいと思う心の現われだということを啓太を手に入れる前から気がついていた。
だからこそ、誰よりも早く啓太を自分のものとしたかった。
思いが叶って恋人となった啓太は、想像していたよりも愛しいものとなった。
今までの自分の人生、これからの先の人生の中でもおそらくこれだけ愛しく思う相手とはめぐり合えないだろう。

正しく稀有の存在。唯一無二。
宿命の相手・・・もし、そういう言葉があるならば、正しく宿命の人。

しかし、自分がそう思っているということは、目の前のこの男もそう思うだろう。

渡さない・・・そんな言葉が頭に浮かんだ。

啓太は、絶対渡さない。

自分と同じ趣向の持ち主ならば、きっと奪おうと思うに違いないと思っていた。
もし、自分が相手の同じ立場なら、きっと力ずくでも奪う。だから、気をつけていたのに。

その時、腕の中の啓太が微かに目を開いた。

「し・・しちじょう・・さん?」
意識が上手く戻らないのか何度も瞬きをして七条の顔を見つめていた。
「そうですよ。伊藤君。お迎えにきました」

「え・・・・っと、ここ・・ど・・こ?」
そう呟くと啓太は目を大きく見開いて体を強張らせた。
そっと自分の手で己の体に触れた。そして、全てを思いだして小さな悲鳴をあげた。


「もう大丈夫ですからね」
七条は穏やかに微笑むとジャケットで啓太をくるむと抱き上げた。
「部屋に戻りましょう」

「七条さん・・・おれ・・・」
赤く腫れた目に涙を浮かべて啓太は小さく声を上げた。その先を言わせないように、その声を飲み込むように
七条はそっとその唇を温もりでふさいだ。
「何も言わなくていいですよ。君がいてくれるだけで僕は嬉しい」
そっと囁くとギュッと抱きしめた。

そしてそのまま抱き上げて部屋を後にしようとした時、
中嶋の声が背後から聞こえた。

「啓太」
啓太の体がぴくりと震える。微かにその瞳に載る惑いを七条は見逃さなかった。


「啓太、お前が好きだ。愛している」

七条は振り向きもせずドアを開いた。七条の腕の中で啓太はちらりと中嶋を見た。
心の中の得体の知れない感情に戸惑いながら・・・。



その感情がなんと言う名前のものなのか、啓太が気がつくのは
もう少し後のことになる。





fin




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