*ご注意・・・これは、当サイトで連載中のパラレルヘヴン
Who ever loved that loved not at first sight?〜まことの恋をするものはみな一目で恋をする〜のサイドストーリーになります。
単独でも読めるかと思いますが、詳しい話・設定などは↑をご覧ください。





***望むものはただひとつ***




深夜、もう日付は疾くに変わっている。
慣れた手つきでマンションのロックをはずしエントランスに滑り込んだ。
日中なら、誰かしらの姿を見かけることもあるけれど、こんな時間に人影など見ることはない。
そう言えば、同じマンションの住人とここ一月以上は顔を合わしたことがないな・・・と
そんなことが頭を過ぎった。
人の暮らしがあるはずなのに、それを感じさせない無機質なコンクリートと鉄で出来た箱。
くっくっ・・・今の自分には確かに相応しいな・・・そんな自虐めいた笑みが零れた。

仕事は充実しすぎるほど充実している。
相棒と呼べる丹羽と、一から起した会社は順調だ。今では、上場されるほど大きくなっている。
好きでやっている弁護士という仕事も頗る順調で、今では都心の一等地で事務所を構えるほどだ。
どちらも全て問題はない。
しかし、ふとこうして深夜帰宅して捉われる空虚さに中嶋は自分でも気がつかないうちに小さなため息を吐いた。

気がつけば、エレベーターは最上階についていた。
最上階は、ワンフロア全てが自宅となっている。エレベーターのキーロックを外すと部屋に入った。
ドアが開くとそこは50畳ほどはあるリビング。
仕事柄、自宅でパーティなどを開くこともあるということで選んだこのマンションは、男一人で暮らすには広すぎる。
豪奢な部屋のつくりもどことなく余所余所しくて自分の居場所ではないようなそんな気になった。

ふぅ・・・
中嶋は、脱いだ上着をソファに掛けて、どさっと座り込むと深く息を吐いた。

部屋の壁を切り取ったような大きな窓から見えるのは、眼下の街の夜景。
その一つ一つに人の営みがあるのかと思うと軽く舌打ちでもしたくなる。

昼間の喧騒を忘れたように眠る街
しかしそこには、一つ一つの温もりがある。
今の自分にはないもの。

それはおそらく得ることができないものかもしれない。


ソファにかけた上着を探って煙草を取り出して咥えると火をつけた。
思い切り吸い込んで吐き出した紫煙を見つめていると、ふと耳元で声がしたような気がした。


・・・苦いキスは嫌いです・・・


その声にふっと振り返る。
しかし、それは幻。聞こえるはずのないものだ。そして、そこにはあるはずのない幻影だ。

中嶋は、何かに導かれるかのように、立ち上がると寝室へ向かった。

20畳ほどある広いベッドルームには、中央にキングサイズのベッドが一つ。サイドにテーブルが置かれているだけの
ただ寝るだけのための空間。
その大きなベッドに腰掛けると、サイドテーブルの上に置いてあった重厚な皮の表紙の冊子に手を伸ばした。

慣れた手つきでページを捲るとそこに挟まれっていた一枚の写真をそっと手に取った。
そして、恭しく愛しいものに触れるかのごとく、そっとその指先で辿る。


何度も
何度も
そっと愛撫するように

繰り返し
繰り返し


それは幻。
しかし、今ここにあって欲しい幻。

心から希う幻。


写真から、微笑む蒼の瞳。
その赤茶けた柔らかい癖毛の感触を思い出すように何度も撫でた。

笑い顔も
泣き顔も
照れた顔も
怒った顔も

艶かしい顔も
しどけない顔も

全てが昨日までのことのように思い出される。
もしもなどという言葉は使いたくはない。使いたくはないが、いつも繰り返す。

もしもあの時、あの手を離さなければ、今もこの愛しいものを抱きしめることが出来たのかと。

愛しいものの傍に今もつき従うあの男を思い出してぎりっと唇を噛みしめた。
あの銀色に、狂おしいまでに嫉視する。
二人のスタートラインは同じだったはずなのに。
いや、自分の方がより近いところに居たはずなのに。

写真の中の愛し子は、何も答えずに微笑むだけだ。

中嶋は、そっとその笑顔に囁いた。
昔、そっと抱きしめて囁いた言葉そのままに。


「愛しているよ。啓太」


きっと、いつかこの手にもう一度抱きしめてみせる・・・そう呟くと
静かにその写真を元に戻した。



fin

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