「えっと、医療部は15階だったよな」

啓太が足を踏み入れたそこは鈴菱の社員専用の医療フロアだった。
そこは、よくある大会社の医務室のようなものではなく、そこだけで通常の大病院並みの設備が整っていて、
いわゆる≪鈴菱病院≫とも呼べる施設。
簡易ながらも小さな手術室やレントゲン・MRIに至るまで、ちょっとした地方の大病院よりもよほど充実している。

啓太は、受付で社員番号と名前を告げると診療室へ通された。

「伊藤、どうだ調子は」
「篠宮さん、今日の診療は篠宮さんだったんですか?」
「ああ、今日は月曜だからな」

診察室に入ってたのは、篠宮だった。


篠宮紘司、啓太と同じベルリバティの卒業生。
普段は、鈴菱研究所で研究医として、勤務。
しかし、週に数回、鈴菱本社の医療部で臨床医として勤務。
性格は勤勉実直、柔にして剛。弓道の世界では知らないものが無く
数ある名だたる大会で数多くの優勝を飾っている。特技は、家事一般。
啓太のことを気に入っているのか、ことあるごとに家に押しかけて世話を焼く。
そのことを七条は快く思っていない。



「今日はなんだ?」
「あっ、そう、この間の健康診断のことで来るようにって伝言が」

「あ。そうだったな」


篠宮は思い出したようにデスクの引き出しから、一枚の紙を取り出した。

「伊藤、最近疲れやすいんじゃないか?」
「はっ?
あ・・えっと、そうですね。そういわれればそうかも」
えへへと笑う啓太に優しい顔でそうだろ・・と相槌を打つ。
「でも、なんでそれが?」

「血液検査の結果、少し貧血気味だとなってるぞ」
さっき取り出した紙を啓太に渡し、こことここと指差した。

「そうなんですか?あはは、ここの所忙しかったから」
確か、この健康診断の前はほぼ毎日残業だったよな・・と思い出していると
篠宮は苦い顔で
「お前、ちゃんと食事とって居るのか」

「食べてますよ。ここんとことは忙しくて外食が多かったんですけど」
「七条は、作ってくれないのか」
「七条さんも忙しくて」
ベルリバティの先輩でもある篠宮は、啓太と七条の仲を承知していた。

「あいつも、味オンチなところがあるからな」
そういうとしばらく考え込んで

「次の日曜、お前あいてるか」
「日曜ですか?」
「そうだ」
「確かオフだったと思います」
「それでは、俺が行っても構わないな」

「えっ!篠宮さん、うちへ来るんですか?」

「お前たち二人だけだと碌なものを食べていないだろう。栄養指導がてら食事を作ってやろうと思うんだが」
「いいですよ。篠宮さんもお忙しいでしょうし」

普通なら社交辞令に聞こえるこの返事も啓太が口にすると本当だと分かるから、篠宮も
大丈夫だ、時間はいくらでもあるとニッコリと笑った。
「でも、」
それでも遠慮がちの啓太がやんわり断ろうとすると
「お前の貧血、このまま進むと大変なことになるしな」
それを言われては、断ることが出来ない啓太だった。




篠宮と日曜日の約束をして、医療部を後に、時計を見ると丁度12時。

「このままお昼にしちゃっおうかな」
そういいながら、啓太は、社員食堂へと足を伸ばした。

このビルの食堂は、社員用と来客用の2フロアに別れている。
それぞれ、食堂やカフェテリアなど幾つものスペースが取られていて、かなりの広さがある。
社員はどちらを利用することも可能だが、来客は来客用だけを利用することが決まりになっていた。


啓太は、比較的空いてる来客用のフロアに向かった。
来客用のカフェテリアは、社員用よりも、少しだけ値段が高いが
置いてあるメニューの種類も豊富で、お気に入りのスイーツもあって、啓太のお気に入り。
天井も高く吹き抜けのその場所は、大きく間取られた窓からは、太陽の光が入って明るくで気持ちがいい。

今日は何食べようかなとメニューを眺めていると
後ろからポンポンと肩を叩かれた。

「おい啓太」
「あっ、俊介!」

滝俊介、啓太と同じベルリバティの出身で、啓太とは仲がいい。
「お前がこっちへ来るの珍しいな」
いつも社員用を利用することが多い俊介を珍しそうに見た。

「いや、あれやねん。由紀彦が」
なんだか口ごもるとカフェの入り口をチラッと見た。
「成瀬さん、来てるのか?」
「そや、今日は撮影があってな」

その時だった。

「ハニーーーーーー」
聞きなれた声が啓太の耳に入った。
そして目の前に金色の髪が眼に入ったかと想うと啓太はすっぽりと
抱きかかえられていた。


「ハニーー!こんなとこに居たんだね。僕捜しちゃったよ」
そう言って啓太を抱きしめたこの人物は、
やはり同じベルリバティの先輩で、成瀬由紀彦。

世界的なテニスプレーヤー。
そのルックスと人当たりのいい性格で、BL学園時代から多くのファンを持っていた。
今は、その知名度を買われて、ここ鈴菱の関連企業 ベル製薬の専属イメージキャラクターになっている。

「成瀬さん、こんにちは」
「ハニーが居ないから帰っちゃおうかなって思ってたとこなんだ」
そう言って成瀬は啓太の頬にキスをした。

「成瀬さん!みんなが見てますから!」
耳まで赤くして啓太がやんわりと押し返した。
「ええーー!僕は別に見られていても構わないけどな」
そう言ってニッコリと笑う。

学生時代からこうだったよな・・・と啓太は、当時のことを思い出した。


「ねーー。啓太。まだ七条と一緒に居るの?もうそろそろ僕の本当のハニーになる気は無い?」
学園時代から、そして今でも啓太一筋にLOVELOVE光線を送っている成瀬は、ことあるごとに
こうして啓太にアタックをしている。
啓太も困ってはいるものの、いい人なんだよな・・と持ち前のお人好しさで無碍に断れないでいる。


「あはは・・・」
成瀬の腕の中で顔を赤くして啓太は返答に困っていると、その背後から、聞き覚えのあるが声がした。

「そうですよ!成瀬さん。啓太が困ってますから、その手を離してやってください」
「あっ、和希・・じゃなくて、社長!」
「遠藤か、全く君は昔も今もお邪魔虫くんだね」

成瀬は和希の顔を見るとやれやれと啓太をその腕の中から解放してくれた。

「僕とハニーの仲を引き裂こうなんて、無粋なことは止めてくれないかい」

「何言ってるんですか!。啓太は貴方のハニーじゃありません」
「そう今はね。将来はわからないじゃないか。それに君のハニーでもないわけだろ」

二人は額を付き合わせるとギリギリとにらみ合っている。
そんな様子に啓太は、はぁ・・と小さくため息を吐いた。

・・・ほんと、幾つになっても変らないよな・・この二人は。

「ももーええ加減にしときや。啓太困ってるやんか。それに由紀彦、はよ行かな時間あらへんし」
俊介は時計を気にしながら口を開いた。

「そうですよ。成瀬さん、カメラマンの人も待ってますよ」
「ああ、仕方ないね、啓太がそういうのなら、今日はこの辺で退散するよ」
成瀬は和希の顔をちらりと見る。


「ね、啓太、次の日曜、空いてる?」
「日曜ですか?」
「そう!久しぶりに日本に帰ってきてのオフなんだ。どう食事でも行かない?」
成瀬は、にこりと笑いながら啓太の頬にその長い指先で優しく撫でた。

「行きません!!啓太は忙しいんです」
「なに遠藤は、啓太を日曜日まで働かせてるの?
啓太、やっぱりこんな会社辞めて僕のマネージャーにならない?
ハニーが傍にいてくれたら、僕、4大大会全部優勝してグランドスラム達成できそうだよ」
そう言うと冗談なのか本気なのかわからない笑顔でウィンクをする。
啓太は返答に困って、ははっと笑った。


「啓太はわが社の優秀な社員ですから。辞めてもらっては困ります」
和希は成瀬の言葉に眉を顰めると啓太の腕を引き寄せると、
引っぱられた啓太は少しよろけて和希に腕の中に納まる。

「遠藤、職権乱用だろ。それ。ハニーこっちへお出で」
「だめです。啓太は渡しません」

啓太は、また、小さくため息を吐いた。


「日曜は、家に居ますけど、先約があって」

啓太がそう答えると、成瀬は七条とデートとか?と尋ねる。
啓太は、頭をブンブン横に振ると、
「篠宮さんがご飯を作りに来てくれるんです。俺、
最近貧血がひどいみたいで、それで栄養取れって」

それを聞くと、和希は
篠宮さんも抜け目ないな・・と啓太に聴こえないように小さく呟くと、チッと軽く舌打ちをした。
成瀬も、眉を片方だけ少し上げると
篠宮さんがね・・と小さく呟く。

そして、
「「俺たちも行っていい??」」
二人、同時に声を上げると互いに顔を見合わせた。

「遠藤も来るの?」
「成瀬さんだって」


そんな二人に様子に啓太は少し困った顔をしたが、
大勢の方が楽しいですよねと
ニッコリ笑うと、良いですよと答えた。







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